「36年間の集大成」 伝説的WTB坂田好弘氏(現関西協会会長)が「心で見る」を上梓 | ラグビージャパン365

「36年間の集大成」 伝説的WTB坂田好弘氏(現関西協会会長)が「心で見る」を上梓

2013/06/25

文●斉藤健仁


2013年3月、1977年からラグビー部の監督を務めていた大阪体育大を退官し、関西ラグビー協会の会長に就任した坂田好弘氏。選手時代は1968年の日本代表のニュージーランド(NZ)遠征で、オールブラックス・ジュニア(23歳以下代表)戦で4トライを挙げ、翌年にはNZに留学し、カンタベリー州代表やNZ学生選抜などに選出され、王国を驚かせた「空飛ぶWTB」だ。

2007年のフランスワールドカップの開会式では世界の「レジェンド」の一人として紹介。昨年6月にはアジア人として初めてIRBのラグビー殿堂入りも果たしている。そんな日本を代表する選手かつ指導者である坂田氏が、5月に「心で見る―日本ラグビーが生んだ世界的ウイングの指導哲学」(ベースボール・マガジン社)を上梓した。

坂田氏の大阪体育大ラグビー部時代の教え子であり、構成を担当したラグビージャーナリストの村上晃一氏はいう。「NZやオーストラリアといった海外のラグビーレジェンドやトッププレイヤーは著書がありますが、坂田先生はラグビー殿堂入りを果たしましたが自著がない。だから、あるべきだと思いました。また坂田先生自身も指導者として大阪体育大を退官し、36年が区切りとして、いろいろ伝えたいことあるということで快諾していただきました」

この本には坂田氏の選手時代の伝説的なエピソードはもちろんだが、ラグビー人生において出会ってきた指導者たち、京都・洛北高校の池田実監督、同志社大の岡仁詩監督、近鉄の中島義信監督、日本代表を率いた大西鐵之祐監督の言葉も綴っている。「それぞれの指導者にどういうことを学んだか」ということを書いたという。特に、大西監督への思いは強く、今年1月に行った自身の最後の授業で「体育大の学生は大西鐡之祐氏を知っているべき」と紹介した。

07年W杯の開会式では世界の「レジェンド」の一人として紹介された

07年W杯の開会式では世界の「レジェンド」の一人として紹介された

その後、話は36年間監督を務めた大阪体育大ラグビー部の話となる。選手がいてこその監督であるということ、また選手の年齢に沿った指導法があるとだんだん気づいていく。特に60歳となった2003年、今度は指導者として半年間ほどNZ留学する。その経験をもとにチームを強化し、2006年度には大学選手権ベスト4に導いた。「僕なんかよく怒られましたが、坂田先生が60歳で“選手と寄り添う指導方法”に気づいたことに本当に感銘を受けました」(村上氏)

坂田氏の話をする時、まるで青春時代に戻ったような笑顔を見せる村上氏は「坂田先生のことがわかる一冊になっています。読むと本当に清々しい気持ちになります。若き指導者はもちろん、指導者でなくても、若い部下の扱いに悩んでいる大人やサラリーマンにも読んでほしいですね!」と感じている。

「選手やチームには波があるが、魂だけは入れてきた自負がある」という坂田氏。“心”を込めて指導してきた「36年間の集大成」として書き上げたこの本は、自然と「心で見る」というタイトルに落ち着いたという。日本ラグビー史上最高のレジェンドが今、伝えたいことに、是非とも“心”で触れてほしい。

 

世界で51例目、アジア人では初となるIRB殿堂入りとなった

世界で51例目、アジア人では初となるIRB殿堂入りとなった

「心で見る―日本ラグビーが生んだ世界的ウイングの指導哲学」(ベースボール・マガジン社)


<目次>
まえがき/第1章 奇跡のノーサイド/第2章 もの言わぬ教え/第3章 王国での挑戦/第4章 理想の指導者像/第5章 心を開いて/あとがき

坂田好弘(さかた・よしひろ)
1942年9月26日、大阪市生まれ。京都府立洛北高校→同志社大学経済学部→株式会社近畿日本鉄道→大阪体育大学(ラグビー部監督、教授)。大学時代に2度全国制覇。社会人で4度日本選手権に優勝。1968年の日本代表のニュージーランド遠征で、オールブラックス・ジュニア(23歳以下代表)戦で4トライ。翌年、単身ニュージーランドに留学し、カンタベリー州代表、ニュージーランド学生選抜などに選出された。日本代表キャップは16。1977年より大阪体育大学ラグビー部の監督の就任。関西大学Aリーグ優勝5度、全国大学選手権ベスト4に3度進出。2012年4月、関西ラグビーフットボール協会就任。6月、IRB(国際ラグビーボード)ラグビー殿堂入り。2013年3月、大阪体育大学退官。

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